対物レンズを使った撮影をする人の間で人気があるのがこれ。ミツトヨの『M Plan APO』シリーズ。日本ではそれほどなじみがないのだけれども、海外のマクロ撮影に思いつめた虫屋さんたちを中心にこのレンズは評価されました。
なぜかというと「写りがシャープで色収差がほとんどない」はもちろんのこと「(高倍率としては)ワーキングディスタンスが長い」「そこそこ逆光に強い」「(このクラスの金属対物レンズとしては)とても安い」。つまるところ、対物レンズを使うときに求める性能が高水準で備わっている。というのが人気の秘訣。
わたしも石の撮影のさい、このレンズにはよくお世話になってます。
5倍、20倍、50倍のラインナップを揃え、ひとまずこれでかなりの倍率をカバーできています。50倍のみ「SL」という表記がついていますが、これは「スーパーロング」の意味で、通常のレンズよりWDが長いということを意味します。
この倍率になるとミツトヨの通常50倍は11mmほどのWDですが、SLであれば20mm取れます。そのぶん選択できる照明や被写体の幅が広がります。これが通常の金属顕微鏡の対物レンズであれば、WDが10mmでもずいぶん長い方で、ここがミツトヨの大きなアドバンテージのひとつです。
ただ、長動作設計の対物レンズはそのぶん設計で無理をしているぶんだけ、画質が落ちる傾向がある。という話もあります。わたしもそれほど多くのレンズを経験しているわけではないのですけど「そうかもなあ」という実感を持っています。観察ではなく撮影だとWDの長さは切実なので、高倍率の場合は長動作モノのレンズがほしくなるんですね。
それでは恥ずかしながらちょこっと作例をば…
↑足尾銅山のキャルコパイライト
D610/Bellows/Mituotyo M Plan APO 5
Fov=2.5mm
↑やんだの輝沸石上のモルデン沸石
FoV=2mm
D610/Bellows/Mitutoyo M Plan APO20
↑ルーマニアの水晶中に封印されたブーランジェ鉱
FoV=1mm
D850/Bellows/Mitutoyo M Plan Apo SL50
いい無限補正対物レンズは、通常の高倍率マクロレンズに比べて色収差が少なく、解像力も一段、二段上です。コントラストの再現性がよくないので、全体時に白い物などを撮るときには倍率の高いマクロレンズのほうがいい結果になることが多いです。
扱いが難しくセッティングがややこしい上、解像力がある反面被写界深度がとても浅くボケが汚い。ピント面はバッチリ写るんですが、ピント面を外れたところは破綻してます。つまり深度合成の失敗率や破綻率が上がります。
さらにマクロレンズほど基準倍率に融通が効かず、定められた鏡筒長を越えたり満たないベローズの利用をすると、とたんに写りが甘くなったりイメージサークルが足りなくなったりそもそも結像しないということが起こります。
それでも無限補正対物レンズをうまく使いこなせたときの仕上がりは、マクロレンズではなかなか出せないものがあるので、みんな使いたがるようです。少なくともわたしはそうです。
高倍率マクロ撮影を始めると引き伸ばしレンズやマクロ専用レンズ。そして顕微鏡対物レンズに行き着きます。そこはレンズ沼の中でも特異なはずのマクロレンズ沼のさらに底にあり、独力で行き着くにはさまざまな障害があります。
そのひとつに『無限補正対物レンズ』があり、これはそれまでのベローズを使った高倍率撮影の常識が通じない世界で、さまざまな作法に戸惑いつつもわたしは先輩の沼人たちの姿を見ながら、ようやく「使える」ところまできました。あまりに複雑怪奇な世界なので「使いこなす」とはとうてい言えません。そんなわたしでも誰かをこの沼に落とすお役に立てればと思い、いくつか要点を記録することにします。
どうしても『無限補正対物レンズ』が使いたい。という方は「鏡筒長」と「結像レンズ」という言葉だけをまず覚えてください。
「鏡筒長」はカメラでいうところのフランジバックにほぼ等しいと思ってください。対物レンズのマウントからセンサーまでの距離のことで、これはメーカーや対物レンズの種類によって違います。上記のミツトヨだと「f=200」という文字が見えますが、これが鏡筒長を示します。つまり200mmのフランジバックです。これに満たないと像を結ばないことがありますが、少し長いぶんには多少倍率が大きくなりますが大きな破綻はしないので安心してください。
※機械的鏡筒長は接眼レンズの一次像より10mmほど対物側に来る設定のものが多いので、指定の鏡筒長より-10mmほどフランジバックを短くすると具合がよいようです。
「結像レンズ」は「これがないと対物レンズを通った光が像を結ばない」と思ってください。細かい説明は各自ググっていただくとして、これがないとピントが合いません。
結像レンズの用意にはいくつかのやり方があります。
・「鏡筒長」にほぼ等しい焦点距離のレンズを使う。
・「純正/汎用の結像レンズ」を手に入れる。
です。
ミツトヨのM Plan APOであれば200mmの古く安い望遠レンズを使うといいでしょう。これの前玉の先にアダプターでレンズを取り付ければもう使えます。これのいいところは鏡筒長を気にしなくてもいいところです。レンズの焦点距離が200mmであれば気にせず使えるうえ、絞りもそのまま使えます。M26→フィルタースレッドに適合するアダプタを見つければいいだけです。
「結像レンズ」はドローレンズともチューブレンズともいわれます。下の写真はミツトヨのM Plan APO専用の結像レンズ『MT-L/1X』です。1Xというのは対物レンズの倍率を変えず、結像だけさせる1倍を意味します。
結像レンズの多くは顕微鏡に組み込む前提で作られているので、よくてお尻側にねじスレッドが切ってあるだけ。中には鏡筒に滑り込ませるだけのレンズ入り筒。ということもあります。これをどう対物レンズとカメラの間に組み込むかは、撮影者があれこれ苦労するところです。一例としてわたしがしている方法を紹介しますが、もっといい方法もあるかと思います。いい方法があったらぜひ教えてください。
上記がレンズと結像レンズを組み込むアダプター類です。この他にもちろんベローズも入ってきます。
上段左→下段左→下段右の順で紹介しますと…
・対物レンズ
・M26x0.7-M42x1アダプタ
・外付け絞り(M42)
・ペンタックス VARIABLE CLOSE-UP RING(M42)
・M42延長リング
・ニコン製 装置組み込み用結像レンズユニット MXA20696
・M42延長リング + M42-ニコンFマウントアダプタ
となります。これを組み上げるとこうなります。
結像レンズはミツトヨのものより、ニコンのこちらのほうがよく写る気がするので使っています。気分の問題かもですが、ニコンの結像レンズのほうが豪華でコーティングもいい気がします。問題は一般人ではなかなか手に入らないということです…
たまたまマウントアダプターと延長リングで、結像レンズをぎっちりはめ込むことができました。目視ではありますが、かなり制度の高い平面が出せています。こういうときのため、目下必要がない各種リングやアダプターを集めていて、あれこれ組み合わせて実用に足る組み合わせを見つけます。
対物レンズには絞りがないのが普通なので、こうした後付絞りをつけてます。
延長リングの間に絞りが入っているもので、これは絞りのないさまざまなレンズにも使えるので一枚持っておきたいところです。イメージサークルが大きすぎるレンズにつけて視野絞りのように使うこともできます。
専用の顕微鏡がないけれども、無限補正対物レンズで撮影したい。となるとこれだけ面倒な約束事があります。まだまだ書き足らないこともありますが、わたしも探り探りでやっています。識者のツッコミ待ちであるくらいの気持ちで見ていただけれれば幸いです。
ミツトヨは対物レンズとしては驚くほど長いお姿で、わたしはそのスタイルにもかなりグッときました。マウント面から資料までの距離を「同焦点距離」というのですが、ミツトヨはこれを長く取ることですばらしい画質とWD。そして凛々しい姿をものにしています。嗚呼、尊い…
ミツトヨは海外のマクロマニアの間で親しみを込めて「Mitty」と呼ばれています。もちろん「Mitutoyo」のあだ名です。手に入れたらまずは「ようこそわが家へ、ミッティー」と呟いてからそっと撫でてあげてください。きっとやる気を出してくれることと思います。
けれども対物レンズの撫ですぎにはご注意ください。
昔の対物レンズは金属鏡筒に各種データを彫り込んで、そこにエナメルを流し込んだ凝った造りをしていますが、今の新しいMittyは金属の肌に直接プリントです。擦過に弱く、使い込むとみるみるプリントが剥がれてのっぺらぼうになります。
新旧選ぶことができ、程度がよくて値段が変わらないなら旧型を選ぶのもアリです。ミーハーなマクロマニアのたわごとと思っていただいても泣きませんので、よろしくお願い申し上げます。
[↑Mitty…いい名前だ…]