パソコン以前。印刷物となる文字を焼きつけて版を作るのはレンズと写真の仕事だった。特に手書きのロゴなどは、一度フィルムに写真として取り込みネガから拡大縮小して印刷物に焼き付ける。それはそれは手間のかかる、技術もかかる作業だった。
その産業用機械のひとつをデザインスコープという。パソコンが普及した今では実用しているところはすでにないだろう。わたしがこのレンズを手に入れたのが10数年前。やはり仕事で廃棄されるのを待つだけのデザインスコープから、当時社員だった者が「せめてレンズだけでも…」と思い、自宅に亡命させたという思い出話とともに、わたしはこれを受け継いだ。
銘を「ES-PROCESS-DX 135mm 1:5.6 SC CO.,LTD」という。
シリアルナンバーは205196。この数から推測するに、そこそこの数が出回っていた機械なのではと予想できるが、これがどのような会社のどのようなレンズかはその後わからずじまいだ。
製版用レンズらしく絞り羽の形にこだわりのないギザギザ絞り。しかし12枚のブレードを持つ。レンズ構成はレンズ反射面から推測するに、長焦点EL-NIKKORと同じ4群6枚オルソメター。
亡命当初から貼り合わせ面に気泡のようなバル切れがある。それでも文字製版の仕事に支障があったわけではなさそうだ。前後にごく薄いブルーコーティングが施されていてこちらは今も清澄。
絞りはf/5.6から不等間隔で一段ずつのクリックがあり、f/22まで絞れる。絞りリングを駆動するための連動レバーが今も往時の有志を偲ばせられ。
産業用レンズとしてはありふれたスペックの一本ではあるが、こうした歴史背景があり、なおかつ現場での働きぶりを妄想をする余地があるというのがいい。実写での描写がいいに越したことはないけれど、防湿庫にあるだけで心が安らぐ。感性が豊かになるというレンズもあるに越したことはない。
わたしはレンズという名の思い出の欠片。記憶の断片を保管している。
たまにそれを思い出してブログを更新するのがしみじみと楽しいのだ。
[↑さすがにそろそろ現存しているデザインスコープも少なさそう]